大学教員任期法の「10年特例」の恣意的な運用に歯止めをかける画期的な判決
1 事案の概要
2023年1月18日、大阪高裁において、画期的な逆転勝訴判決が言い渡されました。代理人は、当事務所の、鎌田幸夫弁護士、西川翔大弁護士と中西です。
原告は、大阪府高石市にある羽衣国際大学で非常勤講師(1年契約)として3年間勤務したのち、2013年4月から専任講師として期間3年の有期労働契約を締結しました。その後、2016年4月から期間3年の有期労働契約を更新し、通算して5年を超えたことから2018年11月に無期転換を申し込みました。
ところが、学園側は、大学教員任期法7条の「10年特例」が適用されると主張して、無期転換を認めずに、2019年3月末で期間が満了したことを理由に雇止めにしました。
裁判では、この大学教員任期法の「10年特例」の適用があるかどうかが争点になりました。
2 大学教員任期法の「10年特例」
大学教員任期法4条1項は、①多様な人材の確保が特に求められる教育研究組織の職に就けるとき(流動型)、②助教の職に就けるとき(助教型)、③特定の計画に基づき期間を定めて教育研究を行う職に就けるとき(有期プロジェクト型)、の3類型の場合に、任期を定めることができるとしています。
その後、労働契約法18条1項が制定されて、5年無期転換ルールが2013年4月から施行されました。これを受けて、大学教員任期法が改正され、法4条1項1号ないし3号によって任期を定めた労働契約を締結している場合には、無期転換までの期間を5年から10年に伸ばすという特例(10年特例)が定められました。つまり、法4条1項1号ないし3号で任期を定めて雇用されている大学教員については、通算して10年を超えなければ無期転換ができないとされたのです。
これまで多くの大学では、任期付きの教員については、この「10年特例」が適用されるものとして取り扱っており、2013年4月の法施行から10年となる2023年3月末で、大量の雇止めが発生することが予想されています(2023年問題)。
3 これまでの考え方と大阪高裁の画期的な判断
これまでは、法4条1項1号(流動型)の「多様な人材の確保が特に求められる教育研究組織の職」にあたるかどうかは、大学の自治という理由で、基本的にはそれぞれの大学の判断によって定められるという考え方がとられていました。1997年に大学教員任期法が制定された当時の立法担当者の解説にも、「各大学の判断により、(略)任期を定めた任用をできるようにするものである」とか、「大学が教員の流動性を高めて多様な知識・経験を有する人材を確保するために任期制を導入する必要があると判断した場合には、(略)任期を定めた任用ができることとするものである」などとされていました。
また、山口県にある梅光学院大学において、期間1年、最大2回(最長3年)更新するとの募集要項に応募して採用された准教授が、1年目で雇止めされたという事件について、准教授は、そもそも大学教員任期法4条1項1号にあたらないので期間1年で採用することができない(無期雇用である)と主張していたところ、広島高裁は、任期法は、「大学の自治の要請があることも考慮すると、任期付き教員を任用する大学に一定の裁量を与える趣旨である」として、前職で高校教諭として生徒募集の営業活動で実績を上げていたことを踏まえて、大学准教授として採用される際にも営業活動に力を入れるように伝えられたことをもって、「多様な人材の確保が特に求められる」職に就けるときにあたると判断したという裁判例があります(広島高裁平成31年4月18日判決)。
これに対して、今回の大阪高裁判決は、法4条1項1号にあたるかどうかは、労働契約法18条1項の5年無期転換ルールが適用されるかどうかという重大な影響があることから、多様な人材の確保が特に求められる教育研究組織の職であるということが「具体的事実によって根拠付けられていると客観的に判断し得ることを要する」という厳格な解釈を示しました。
法制定当時の立法担当者の解説でも、法4条1項1号については、「最先端の技術開発現場の方法等を取り入れた教育研究、人文社会系と理工系が融合した学際的な教育研究や実社会における経験を活かした実践的な教育研究等を推進する教育研究組織においては、絶えず大学以外から人材を確保したり、広範囲の学問分野に属する人材を確保する必要がある。」と述べられており、このような場合には、教員の流動性を高めて多様な知識・経験を有する人材を確保するために任期性を導入する必要があると説明されています。
大阪高裁判決の考え方によれば、これらの場合に匹敵するくらいに、多様な人材の確保が特に求められるということを「具体的事実によって根拠付けられていると客観的に判断し得る」場合でなければ、法4条1項1号にはあたらないということになります。それぞれの大学が主観的に判断したというだけでは足りず、客観的に見ても、最先端の技術開発現場の方法を取り入れた教育研究であるから多様な人材確保が必要だとか、学際的な教育研究であるから多様な人材確保が必要だなどと認められる場合でなければならないのです。
もし、このような場合にはあたらないのであれば、それは、法4条1項1号の任期ではなく、単なる有期労働契約にすぎないということになります。法4条1項1号の任期ではなく、単なる有期労働契約にすぎなければ、労働契約法18条1項の原則どおり、5年無期転換ルールが適用されます。
大阪高裁判決は、これまで多くの大学でルーズに運用されてきた10年特例について、その恣意的な運用に歯止めをかける画期的な判断です。
ぜひ、全国各地でこの判決を活用して、任期付きの不安定な教員の雇用安定に取り組んでいただければと思います。
■判決全文(PDF)控訴審判決(地位確認)