「南吹田地域地下水汚染」公害調停申立事件の報告 ~ただ、きれいな水に戻してほしい~
1 はじめに
2019年9月2日、南吹田地域に住むAさん一家3人が、吹田市と南吹田にある非鉄金属業の某大手企業を相手方にして、地下水汚染浄化措置の継続を求めて大阪府公害審査会に公害調停を申し立てました。公害調停申立に至った経過と内容と、吹田市や企業の対応の問題点を述べます。
2 南吹田地域の地下水汚染の発覚と圧送の開始
地下水汚染の発覚は、1991(平成3)年に南吹田の非鉄金属業の某大手企業の工場に隣接する下水道マンホールから有害物質であるトリクロロエチレンが検出されたことにさかのぼります。トリクロロエチレンは、人体に取り込むと肝臓腎臓障害、神経系統への影響をもたらす有害物質です。1997(平成9)年、このマンホールから12m離れた位置にあるAさん宅の地下室内で湧水する地下水に環境基準を大幅に超えるシス1.2ジクロロエチレン(トリクロロエチレンの分解された有害物質)が検出されました。当時、Aさん一家は、生コンの圧送を業としており、設備資材置き場として地下室を設け、湧水する地下水を汲み上げ圧送車の洗浄等に利用していたのです。
2001(平成13)年、吹田市と相手方企業との覚書、確認書、協定書および吹田市とAさんとの間の合意書により、企業の負担で、Aさん宅の地下室に、湧水をポンプで汲み上げてろ過した後圧送用ポンプで圧送する装置(圧送装置)を設置し、吹田市が設置した送水管で企業の敷地に送水し、企業の浄化施設で浄化することになりました。以後、現在まで17年以上にわたり汚染湧水の圧送を続け、南吹田地域の地下水汚染浄化に貢献してきたのです。
3 地下水汚染の本格的調査と企業の対応
Aさん宅の地下水汚染の発覚により、吹田市は専門家に依頼して地下水汚染の本格的な調査を開始しました。2008(平成20)年の調査報告書では、前年の地下水質分析、地下水位測定、地下水流向、土地の利用履歴などの詳細な調査を受け、「吹田市の水道水源に汚染が到達する可能性がある」「汚染源が相手方企業敷地内にある蓋然性が非常に高い」ことが明らかにされました。しかし、相手方企業は「関連性はうかがえるが因果関係を確認するには至らない」と正面から責任を認めることを避けたのです。
4 その後の対策の遅れと最近の3本の揚水井戸の設置
吹田市は、2013(平成25)年、浄化対策に取り組むことを決定し、相手方企業に協力を求めましたが、企業側は「因果関係を確認していない」と責任を否定しつつ協議には応じるというものでした。市議会は企業の協力の具体的内容が明らかでないとして予算を承認せず、汚染浄化対策は進みませんでした。
ようやく2016(平成28)年7月、ようやく吹田市と相手方企業との間で合意がなされ、揚水井戸の設置を含めた浄化対策が本格化しました。相手方企業と吹田市の費用折半で、2017(平成29)年11月に1号揚水井戸が、2019(令和元)年7月に2,3号揚水井戸が設置されました。これらの井戸は、高濃度地下水汚染地点に設置され,汚染地下水を汲み上げて、地下配管で相手方企業の処理施設に送水し、地域全体の地下水汚染を浄化するというものです。Aさん宅に設置された圧送装置も全く同じ役割を果たしてきたといえます。
5 相手方企業からの圧送装置の運用中止と吹田市からの圧送装置撤去要求
ところが、2018(平成30)年9月6日、相手方企業は、突如として吹田市に対して、Aさん宅の地下水浄化に関する覚書を更新しないと通告してきたのです。これを受けて吹田市は、相手方企業との間で地下室湧水の圧送、浄化措置を2019(令和元)年10月末までとする暫定合意を結びました。Aさんらはこの合意に全く関与していませんでした。吹田市は、2019(平成31)年3月、Aさん側に、「企業側が今年11月で圧送浄化措置をやめると言っている。吹田市は南吹田地域の地下水汚染浄化にはあと15年ほど要すると見込んでいるが、企業側はそれまでの圧送設備の維持管理費用を負担できないというので、設備を撤去するしかない」と伝えられました。しかし、圧送設備の稼働を停止すると、湧水が処理されなくなり、Aさん宅の地下室に汚染された湧水が溜まってしまいます。地下室内の湧水は、平成29年度、平成30年度の調査結果で、クロロエチレンが環境基準の60~100倍であり、近々下水排出基準が改正される可能性が高く、下水放流することもできなくなります。吹田市は汚染水を飲用しなければ健康被害はないなどと言いますが、調査結果では南吹田地域の汚染地下水が吹田市の水道の水源に到達する可能性があると指摘されているのですから、新設した3本の井戸だけでなく、既にあるAさん宅地下室の浄化措置も利用して可能な限り早期の地域の汚染地下水の浄化を目指すべきです。また、環境基準100倍という汚染された湧水が地下室に溜まっている建物で暮らすことを強いられること自体が平穏に生活をする権利の侵害ではないでしょうか。
6 公害調停申立をした理由と内容
Aさん一家は、吹田市と企業による地下室湧水の浄化措置の打ち切りが10月末に迫るなかで、やむにやまれず、浄化措置の継続を求めて公害調停を申し立てたのです。
今回の申立の内容を簡単に説明します。
相手方企業に対しては汚染者として汚染回復責任、除去費用負担の責任があり、Aさんらには所有権、人格権に基づき、吹田市に対しては、市とAさんと間の合意および水質汚濁防止法等の法令や条例に基づき、それぞれ現状の浄化措置の継続を求めています。
7 相手方企業と吹田市の対応の問題点
相手方企業は、未だに、地下水汚染の因果関係を認めず、浄化措置への協力を「社会貢献」などと言っています。また、地下水汚染浄化の目的が達成されていないのに、今回、浄化措置を止めると通告してきました。社会的責任ある企業としては、あれだけ明確な調査結果があるのですから、汚染者としての責任を正面から認めて浄化措置に取り組むべきです。
吹田市もあれだけ明確な調査結果があるのですから、弱腰にならず、もっとしっかり企業責任を追及すべきでした。また、今回、Aさん宅の浄化装置の撤去を求める態度は、住民の生命と健康を守るべき行政の役割に反するのではないでしょうか。住民の生命健康に危険が迫っているとき(予想されるとき)、企業に配慮したり、行政の中立を理由に手をこまねいていると、取り返しのつかない結果になることは過去の公害やアスベスト被害の教訓が示しているところです。行政には、今できることをやりきる姿勢が求められるのです。
8 終わりに
一市民が大企業と自治体を相手にする公害調停を申し立てることは大変勇気がいることです。Aさんの場合は、自らの利益のためというより地下室の圧送設備は、2001(平成13)年から現在まで、南吹田地域全体の地下水汚染浄化ための役割を果たしてきたのに、一方的に打ち切るのは理不尽だという思いがあります。記者会見のとき、私はAさんに「テレビの顔出しは大丈夫ですか」と尋ねました。Aさんは「私たちは何も悪いことはしていませんから、全く構いません」ときっぱり答え、テレビでは「ただきれいな水にしてほしい。それだけです」と思いを述べられました。放映された当日の夜、Aさんには知り合いから励ましのメールやLINEが絶えなかったそうです。
公害調停は、2019(令和元)年9月27日に第1回期日が開かれ、これからが正念場です。公害調停の申立を受けて相手方企業から10月末の浄化措置打ち切りは延期するという連絡がありました。Aさんと弁護団は、一時の延期ではなく、南吹田地域の地下水汚染の浄化が達成されるまで、Aさん宅の圧送、浄化措置を継続するように求めていきます。
さいごに、南吹田地域の地下水汚染は、吹田市のWebサイト「吹田市地下水土壌汚染浄化対策専門会議の取り組み」でも公開されていますが、案外、知られていないようです。地下水汚染はいったん生じてしまうとその浄化には相当の年限、コストがかかります。市民が息長くしっかり監視しないとコスト負担の継続を避けたい企業や行政が、汚染浄化が不十分なままで、浄化措置を打ち切る危険性があります。今回のAさん宅の浄化装置の撤去要求は、そのことの警鐘を鳴らすものです。その意味で多くの方に地下水汚染の実態とAさん宅の浄化措置の果たしてきた役割を知っていただき、今後のご支援をよろしくお願いします。
(弁護団はあすなろ法律事務所の杉田峻介弁護士、当事務所の鎌田・西川です。)