追い出し部屋への配置転換を無効として差額賃金・賞与と損害賠償を命じる大阪高裁判決が出されました
いま,大企業の「追い出し部屋」(辞めさせたい社員を配置転換で異動させて精神的に追い詰め,自主的に退職させるための部署)が話題となっています。「不必要な労働者」とレッテルを貼り,会社内で履歴書をもって自分で受け入れ先部署を探させるなど,悪質な追い詰め方をする企業も現れています。
本事件は,退職勧奨を拒否した労働者(Hさん)が,窓際(仕事のない部署)に追いやられて賃金を半分以下に下げられ,自分から辞めるよう追い込まれるという,古典的な「追い出し部屋」手法の退職強要と闘った事件です。
Hさんは,化学製品を扱う中堅商社に営業職として中途採用された営業マンです。入社後,新規開拓営業を担う唯一の営業マンとして10年以上勤務し,一歩ずつ成果をあげ,その間,昇給・昇格もしてきました。しかし,社長にはっきりと意見を述べる性格が煙たがられたのか,社長らから突如,退職勧奨(強要)を受け,営業の仕事を外されました。その後も2か月間執拗な退職強要が続きましたが,Hさんは再就職が簡単にできる年齢でなかったこともあり,退職を拒否し続けました。すると会社は,Hさんを全く仕事のない倉庫(追い出し部屋)に配置転換(配転)し,賃金を額面約36万円から約16万円と半分以下に下げるという「兵糧攻め」にしたのです。過去にもその会社では「倉庫行き」を告げられ,耐えられず辞めていった従業員が何人もいました。Hさんは,貯蓄を切り崩し,生活費を切り詰めて,当面をしのぎましたが,そのような生活が長く続けられる見通しもなく,わらをも掴む思いで弁護士(当職)に相談したのです。
その後すぐに,裁判所に,配転は無効だと主張し,減額された賃金の仮払を求める賃金仮払仮処分を申し立てました(解雇や大幅な賃金減額などで,通常の裁判を提起していては判決が出されるまで生活が保持できない場合には,判決まで賃金の仮払を命ずることを求める仮処分申立ができます)。
大阪地裁は,仮処分の審理の中で,本件の配転は,Hさんの賃金を半分以下に下げるという著しい不利益を与えるものであり,業務上の必要性や,配転の動機を検討するまでもなく,配転命令権の濫用であるとして本件配転は無効とし,会社に対し,Hさんに本裁判の1審判決言い渡しまでの賃金仮払いを命じました(金額は月額6万円でしたが,その後高裁で8万円に増額されました)。
この仮払額では長く生活することは難しいため,Hさんはすぐに大阪地裁に本裁判を提起しました。請求内容は,配転無効確認と差額賃金請求,差額賞与請求,不当配転に対する損害賠償請求でした。
大阪地裁で約1年弱の審理を経て,2012年11月29日に出された一審判決では,配転による賃金減額がHさんへに著しい不利益を与えるという理由のほか,本件配転には業務上の必要性も認められず,また退職強要を拒否したHさんを辞めさせるための不当な動機・目的に基づくと断じ,配転命令権の濫用として配転の無効と差額賃金に支払いに加え,損害賠償も命じました(慰謝料と弁護士費用相当額とで合計40万円)。配転無効の事案で損害賠償まで命じられることは異例ともいえます。裁判所は,それほど,本件の「追い出し部屋」の退職強要の手法を悪質と断罪したのです。ただ一点,差額の賞与請求については,大阪地裁は,「本件配転がなくても原告(Hさん)が営業職で賞与支給を受けるほどの査定を受けていたかどうかはわからない」として認めず,この点のみ不満が残りました。
会社は,大阪地裁の判決に従って差額賃金等を支払いながら,この内容を不満として大阪高裁に控訴しました。Hさんも,賞与支払が認められなかったこと等を理由として控訴しました。大阪高裁では裁判所から和解の勧めもありましたが,ここでも会社がHさんの退職に拘ったことで結局和解は決裂し,判決が出されることになりました。
2013年4月25日に出された二審判決は,配転無効と差額賃金の支払いを維持した上で,損害賠償額を増額し(慰謝料と弁護士費用相当額とで合計60万円),さらに一審で棄却されていた賞与請求についても,Hさんが違法な配転により営業職として査定を受ける利益を侵害されたとして,不法行為として差額賞与分の賠償を命じました。このように大阪高裁判決は,Hさんの完全勝利判決でした。
使用者が労働者を解雇する場合には「客観的に合理的があり社会通念上相当」と言えなければ無効になりますが,退職には何の制限もありません。30日分の解雇予告手当の支払いも必要ありませんし,会社がその労働者を雇用することで国から受けている各種給付金にも支障がありません。そのため,あえて労働者を解雇をせず,退職をさせて会社を追い出す「追い出し部屋」の手法で,たくさんの労働者が,意に沿わず退職させられているのが現状です。本件の一審判決,二審判決は,当然の判決といえますが,実際は,本件のHさんのように裁判に立ち上がることのできる労働者は少ないと思います。本件の判決が現場で不当な扱いを受けている労働者にとって,一つの武器になればという思いです。