マスクを着用できないことを理由に解雇された男性が提訴
1 はじめに
KDDI系列の子会社KDDIエボルバにおいて、コールセンター業務に従事していた40代の男性が、幼少期から罹患しているアトピー性皮膚炎のためマスクの着用が困難であることを理由に解雇されました。
そこで、男性(以下「原告」といいます。)は、2021年3月31日、KDDIエボルバ(以下「被告会社」といいます。)に対して、解雇が不当であるものとして大阪地裁へ地位確認等訴訟を提起しました。
2 事実経過
(1)新型コロナウイルスによる職場環境の変化
原告は、もともと時給制契約社員(非正規社員)として2015年10月から、被告会社のコールセンターにおいて、携帯電話の修理受付等の業務に従事してきました。
原告は継続的に契約更新を行い、地道に経験を重ねていき、職場でも一定程度その業務を評価されていました。
ところが、2020年2月頃から猛威を振るう新型コロナウイルスによって、職場の状況は変化しました。
コールセンター業務は電話応対する従業員が密になり、しかも、部屋は密閉されているため、感染リスクの高い職場として警戒されていました。
そのため、原告が就労していた職場においても、各人がマスクを着用して業務に従事するようになりました。
他方で、不織布マスクの品切れや原告と同じように不織布マスクの着用により肌が悪化する者がいたため、必ずしもマスクの着用が徹底されておらず、原告に対してもマスクの着用を指示されたことはありませんでした。
(2)度重なるマスクの着用指示と無期転換権の行使
2020年10月下旬頃から、原告は会社の上司からマスクの着用を指示されるようになりました。
原告がアトピー性皮膚炎のためにマスクの着用が困難であることを説明すると、上司からマウスシールドが支給され、着用するように指示されました。
また、通常自由席であるところ、隣席と一つ空けて正面に誰も座らない席に固定して座るように指示され、原告はそれらの指示に忠実に従っていました。
その後も、会社は原告に何度もマスクの着用を指示してきました。原告は、その都度診断書を提出しながらマスクの着用が困難な理由を説明しました。
ところが、会社が頑なにマスクの着用を求めるので、原告はマスクの着用の条件として、皮膚炎の悪化するリスクがあるので、①産業医による経過観察・継続面談を希望し、②それが難しい場合には悪化時の医療費負担、休業を要する場合の休業補償を求めました。
しかし、会社はこれにも応じられないと説明して、またもやマスクの着用を求めました。その上で、原告に対して、マスクの着用をしないと雇用を更新することができないということを伝えました。
そこで、原告は、すでに有期雇用契約を5年間にわたって反復継続的に更新してきたことから、会社に対して無期転換権を行使しました。
(3)雇止めの強行
原告は、その後も会社の上司から、マスクの着用を求められ続けました。
そこで、原告は、マスクを非着用の条件として、①定期的なPCR検査の実施、②別室での業務遂行、③時短勤務、④在宅勤務を提案しました。
しかし、いずれも会社は対応することが困難であるとして提案を拒否しました。
そして、会社は、原告がマスクの着用を拒否するのであれば、安全管理および秩序維持の観点から就業規則を遵守することができない者であるとして、2021年2月28日をもって雇用期間満了とする旨の通知を出しました。
その後、同日を迎え、原告に対する雇用は打ち切られました。
3 本件の特徴
(1)原告がやむを得ない事情でマスクを着用できないこと
原告は、子どもの頃からアトピー性皮膚炎を発症し、当初は両手のかゆみだけでした。中学生の頃まで何度も病院に通い、薬を塗って対応してきました。
ところが、2011年に顔が大きく腫れ上がるほど、顔の皮膚が炎症を起こしました。原告は、その当時マスクを着用していたことから、顔の皮膚炎が発症・悪化したのはマスクに原因があるものと考え、それ以来ほとんど日常生活でマスクを着用しなくなりました。
その後は、市販の外皮用薬(ステロイド剤)やアレルギー緩和の内服薬によって症状を抑えており、現在も症状がひどくならないように生活することが日常になっています。
原告にとっては、マスクにより顔の皮膚炎が悪化した経験があり、マスクを着用することによって再度皮膚炎が悪化するリスクを感じたため、マスクの着用に応じることができませんでした。
このように、原告がマスク着用の要求に応じられないのはやむを得ない事情がありました。
(2)雇止めではなく、解雇にあたること
被告会社は、原告に対して期間満了による契約終了であることを主張しています。
しかし、原告は、労働契約法18条1項に基づいて、会社に対して無期転換権を行使しています。
労働契約法18条1項には、有期雇用労働者が通算5年を超えて有期契約を更新した場合で、無期雇用の申込みをした場合に、使用者は当該申込みを承諾したものとみなす、と規定されています。
つまり、有期雇用労働者が無期転換権を行使した場合には、使用者の意思にかかわらず、期間満了日の翌日から無期雇用契約が成立することを意味します。
したがって、原告が要件を満たして無期転換権を行使している以上、被告は雇止めをすることができず、被告による雇用打切りは解雇にあたります。それゆえ、客観的に合理的な事由がなければ正当な解雇とは言えません。
(3)マスク着用に固執した誤った安全配慮の考え方であること
被告会社は、安全配慮の一環として従業員の安全を維持するために、原告に対するマスクの着用に固執してきました。
しかし、コロナ禍において再就職が困難な中、雇用を打ち切ることがどれだけ酷なことか被告会社は理解していません。
被告会社ほどの規模があれば、やむを得ない事情によりマスクの着用が困難な者に対してマスクの着用に固執することだけが正しい安全配慮と言えないことは明らかです。
原告自身もマスクを着用しないことに固執してきたのではなく、マウスシールド着用や固定席での業務遂行などの指示には従ってきました。
また、マスクを着用するのであれば産業医による経過観察や悪化した際の医療費の負担や休業補償、マスクを着用しないとしても、別室勤務、在宅勤務等の代替案を提示してきましたが、被告会社では十分に検討されませんでした。これは、被告会社において、原告が非正規であるために安易に期間満了により契約終了とすることで雇用を打ち切ろうとしていたことが伺えます。
最近、感染予防や安全配慮を理由とした解雇や雇止めが増加しています。
このような情勢において、会社にはまず従業員の雇用を維持した上で、柔軟に安全配慮を検討する姿勢が求められます。本訴訟では、コロナ禍において安全配慮を理由に安易に解雇が許されるのか、会社において求められる安全配慮とは何かを問う訴訟になるといえます。
4 最後に
原告は、「マスクを着用できないことは自分の体質によるもので、やむを得ない事情がある。にもかかわらず、コロナ禍でマスクを要求する社会の変化を利用して強硬に雇用を打ち切った会社の姿勢は許されない。自分と同じように病気や体質でマスクをつけられず、周りの目に苦しんでいる方は全国にいると思う。少数者が非難されるのではなく、配慮される社会であってほしいという思いで、泣き寝入りせず提訴した」とコメントを寄せています。
今回、原告にはやむを得ない事情があるにもかかわらず、会社は個別の事情を考慮せずに雇用を打ち切りました。本訴訟を通じて、コロナ禍においても個別の事情に配慮することが求められる社会の風土が出来上がっていくことを願います。
(弁護団は、谷真介、西川翔大のほか関西合同法律事務所の河村学弁護士、弁護士法人古川片田法律事務所の青木克也弁護士です。)