地震や台風などの自然災害による損害について<第4報>
第2報にてご説明した「工作物の瑕疵」に関する損害賠償責任について、考えてみたいと思います。
土地工作物の瑕疵による損害賠償責任(民法717条)
<民法717条第1項>
「土地の工作物の設置又は保存に瑕疵があることによって他人に損害を生じたときは、その工作物の占有者は、被害者に対してその損害を賠償する責任を負う。ただし、占有者が損害の発生を防止するに必要な注意をしたときは、所有者がその損害を賠償しなければならない。」
「瑕疵がある」とは、その物が本来備えておくべき安全性を欠いていることをいいます。
本来の安全性を欠いていたために、他人に損害を与えた場合には、所有者には損害賠償の責任があります。
他方で、本来の安全性を備えていたのに、想定外の自然災害によって、他人に損害を与えてしまった場合には、「不可抗力」ということになりますので、所有者に損害賠償の責任はありません。
しかし、現実には、「瑕疵がある」のか、それとも、「不可抗力」なのかどちらであるのかを決めることは、とても難しい場合が多いです。
被害を受けられた方にとってみれば、不可抗力だからといって賠償を受けられないのは納得がいかないでしょう。
逆に、被害を与えてしまった側の方にとってみても、これまで経験のない大きな地震や何十年に一度の台風によって引き起こされた被害についてまで責任を問われるのは納得がいかないかもしれません。
割合的な解決の可能性
このような場合、損害の全部ではなく、その一部についてだけ(割合的に)、賠償責任を認めるという考え方があります。
例えば、大気汚染などの公害事件や環境事件においては、工場のばい煙とか自動車の排気ガスなど、様々な原因が複合的に被害を引き起こしています。
このような場合に、工場を経営する企業に対して全責任を負わせるのではなく、損害のうちの一部についてだけ(割合的に)責任を負わせるという考え方があります。
「割合的因果関係」とか、「割合的減責」などとして論じられています。
また、交通事故に遭われた方が、以前から持病をお持ちだった場合、交通事故によってその持病が悪化してしまったときに、悪化した治療費の100%を加害者に賠償させるのではなく、一部についてだけ(減額して)賠償させるという考え方もあります。
「素因減額」とか「寄与度減額」という考え方です。
同じように、地震や台風といった自然災害による被害の場合であっても、自然災害による影響と工作物の瑕疵とが、競合して、被害を発生させたと考えることができるのではないでしょうか。
もし、このように考えるのであれば、土地工作物の占有者・所有者は、被害の全額について賠償責任を負うのではなく、工作物の瑕疵によって生じたと考えられる割合についてのみ賠償責任を負い、自然災害によって生じたと考えられる割合については責任を負わない、ということになるでしょう。
社会生活をおくるうえでは、周囲に危害を及ぼすことがないように、安全性を確保しておくことは必要なことですが、他方で、想定を超えるような自然災害は、ある意味では「おたがいさま」という面もあるのではないかと思います。
「工作物の瑕疵」の程度と、自然災害の程度とを、総合的に考えて、被害にあわれた方も、被害を与えてしまった方も、お互いが納得できるような割合的な解決が望ましいのではないでしょうか。
なお、自然災害による被害について、割合的に解決した裁判例としては、あまり多くはありません。
(飛騨川バス転落事故事件第1審判決・名古屋地裁昭和48年3月30日判決・判時700号3頁等)
(詳しくは、石橋秀起「営造物・工作物責任における自然力競合による割合的減責論の今日的意義」立命館法学317号163頁をご参照ください)
多くのケースでは、裁判に至る前に話し合いなどによって解決していたり、あるいは裁判が始まってからも和解によって解決しているためではないかと思われます。
割合的な解決が望ましい案件については、裁判を提訴するではなく、調停や裁判外紛争処理機関(ADR)に申立をしたほうがよい場合もあるのではないでしょうか。
<2018.9.14 追記>
阪神大震災によって、賃貸マンションが倒壊し、住民が亡くなったというケースについて、マンションの耐震性能が十分でなかったとして、マンションの所有者に賠償責任が認められたものの、想定外の地震による影響を考慮して、賠償責任を50%に減額したという裁判例があります。(神戸地裁平成11年9月20日・判時1716号105頁)