正念場を迎える非正規雇用労働者の格差是正の闘い
1 はじめに
正規労働者と非正規労働者の格差是正の闘いが正念場を迎えています。
2018年6月1日、ハマキョウレックス事件、長澤運輸事件についての最高裁判決(「最高裁二判決」といいます)が言い渡され、無期契約労働者と有期契約労働者との間の手当の相違について初めて労契法20条の不合理であることが認められました。その後、東京高裁と大阪高裁で相次いで注目すべき判決が出され、一歩ずつではありますが、着実に格差是正の闘いが前進しています。また、働き方改革関連一括法によって、労契法20条がパートタイム労働法に移され、パートタイム労働法は、パートタイム・有期雇用労働法(「改正法」)となり、労働者派遣法も改正されます(2020年4月1日施行)。
自由法曹団の五月集会の労働分科会でも、労契法20条を巡る各地の闘いが報告、議論されました。ここでは、最高裁二判決後に言い渡された東京高裁、大阪高裁判決の意義と課題および、裁判での闘いの成果と改正法とガイドラインを職場における格差是正の闘いにどう活用するかについて、述べてみたい。
2 最高裁二判決の判断基準と考慮要素
最高裁二判決は、有期契約労働者と無期契約労働者の間の待遇の相違が不合理とされる場合の判断基準と考慮要素を示しました。
要約すれば、有期契約労働者と無期契約労働者の労働条件を全体として比較すべきであるという使用者側の主張を排斥しました。そして、①個々の労働条件ごとに、相違があるかどうかを確認する、②相違があるときはその趣旨、目的を確認する、③その待遇の趣旨、目的に照らして職務内容、職務内容と配置の変更、その他の事情のうちどのような事情を考慮するか検討し、④考慮すべき事情を考慮し、その待遇の趣旨、目的が有期契約労働者にも妥当するか否かを検討し、⑤その待遇の趣旨が、有期契約労働者にも及ぶ場合には、待遇の相違の有無、程度からして労働契約法20条で禁止される不合理な扱いにあたるかどうかを判断するというものです。
注目すべきは、最高裁が正社員を優遇することで有能な人材を確保し長期雇用のインセンティブとするという「有為人材確保」論を取らなかったことです。最高裁二判決は、各種手当の趣旨、目的について、長期雇用のインセンティブといった抽象的なものではなく、個別具体的に趣旨・目的を探求しているのです。そして、職務内容に関係しない給食手当や通勤手当、あるいは、その趣旨から有期雇用労働者にも妥当する皆勤手当、超過勤務手当、無事故手当、作業手当などの相違の不合理性が認められました。
3 最高裁判後に言い渡された高裁判決の意義と課題
「最高裁判決は、最高裁判決言渡し後の下級審判決や学説によって形成されていく」と言われます。最高裁二判決は当該事案の事実関係に則した事例判決であり、最高裁判決の意義や射程は、労働者側と使用者側で理解が異なっています。例えば、使用者側は、最高裁二判決の事案は、職務内容が同一である場合であり、職務内容が異なる場合は、経営判断や労使交渉が重視されるなどと主張して、最高裁二判決の射程を狭めようとしています。また、学者による評釈においても最高裁二判決の理解は必ずしも一致をみていません。その意味で、最高裁二判決の理解やその射程の確定にとって、その後に言い渡された下級審判決である郵政東日本東京高裁判決、同西日本事件大阪高裁判決、大阪医科薬科大学大阪高裁判決、メトロコマース東京高裁判決が、大きな意味を持つのです。
郵政東日本東京高裁判決(2018年12月13日)、同西日本事件大阪高裁判決(2019年1月24日)が言い渡されました。両判決とも、年末年始勤務手当(繁忙手当)、住宅手当、夏期冬期休暇、病気休暇における格差は結論において不合理と判断したのは大きな前進です。もっとも、大阪高裁が、有期契約労働者が5年を超えると正社員との相違が不合理となるとする5年基準論をとったこと、地裁判決が不合理と認めた扶養手当の相違を有為の人材確保論に基づき不合理でないと判断したことは問題を残しました。
大阪医科薬科大学事件では、私は結審弁論で「各種手当にとどまらず、基本給・賞与の格差是正に切り込まなければ労契法20条が目指した非正規雇用の格差是正は果たせない。非正規雇用労働者の切実な思いに応える判決を」と訴えました。それに応えて、大阪高裁判決(2019年2月15日・江口裁判長)は、賞与について「賞与対象期間に在籍し、就労していたことそれ自体に対する対価」としての性質を有するものとし、アルバイト職員に6割を下回る割合で支給しないとすることは不合理であると判断しました。賞与の相違で初めて、しかも、事務職(ホワイトカラー)で、勤続年数が比較的浅い事案で不合理性が認められたことに大きな意義があります。もっとも、基本給の相違の不合理性を否定したこと、比較対象を正社員全体としたことに課題を残しました。
メトロコマース東京高裁判決(2019年2月20日)は、原告側が特定して主張する正社員を比較対象者とすれば足りるとし、長年の功労報酬の性格を有する部分にかかる退職金(4分の1に相当)を支給しないことは不合理であると判断しました。
このように最高裁二判決後に言い渡された東京、大阪高裁判決は、各種手当のみならず、賞与、退職金などの不合理性を認め、一歩ずつ前進しています。これは、最高裁二判決の射程の理解を広げる闘いであり、ひいては労契法20条の目指した正規雇用と非正規雇用の格差是正を実現に一歩でも近づこうとする闘いなのです。現在、これらの高裁判決は全て、上告審に移行しています。各高裁判決で、前進した部分は、使用者側の巻き返しを許さず、課題は克服する闘いが求められます。
4 格差是正の職場での取り組みと運動
最高裁二判決及び、その後の言い渡された東京、大阪高裁判決は、テレビ、報道、ネットを通じて広く報道されました。大阪医科薬科大学事件でも「アルバイトに賞与なしは違法」とネット等で報じられ、大きな反響があり、社会的にインパクトがありました。一連の判決は、低労働条件で苦しむ多くの有期契約労働者を励ますこととなりました。
しかし、最高裁二判決やその後の高裁判決の成果が、労働者や労働組合に十分に周知されているかといえば、必ずしもそうではありません。また、改正法やガイドラインの活用の周知もこれからの課題です。
大阪では、2019年5月28日、連合大阪法曹団、大阪労働者弁護団、民主法律協会の3団体共催で、「格差是正のおおきなうねりを~労契法20条裁判の闘いの成果を職場で活かそう」という集会を開きました。最高裁二判決とその後の高裁判決の成果と、改正法、ガイドラインの職場での活用を労働者、労働組合に周知し、職場での団体交渉や運動に活かしてもらおうという目的でした。特に改正法で規定された説明義務の職場での活用は重要です。
当該非正規労働者と「最も近い」と思われる正社員グループとの「待遇の相違の内容」「待遇の相違の理由」を求めることができます。使用者に求められる説明の内容、程度によっては、使用者側が合理性について説明する義務を負うのと実質的に異ならないことになります。そして、使用者側が合理的な理由ができない格差の是正を求めていくことが大切です。
他方で、使用者側の対策も巧妙化しています。例えば、郵政においては、判決で有期契約労働者に支給しないことが不合理と判断された住宅手当の相違について、使用者側は比較対象である新一般職(無期契約労働者)の手当を廃止する、すなわち無期契約労働者側の労働条件を切り下げる方向で格差を無くすという対応に出ています。新ガイドラインでも「望ましい対応ではない」とされている対応を、超巨大企業が堂々とやってきているのです。今後も、使用者が正規雇用と非正規雇用の処遇の相違で合理性が説明できないものを廃止していく動きが出てくることも予測されます。労契法20条の相対規制(正規と非正規の比較における規制)という性格を逆手にとったものですが、これでは、非正規労働者の低労働条件の引き上げという本来の労契法20条の目的が骨抜きにされかねません。
労働者、労働組合は、非正規労働者の格差是正の闘いを進めるにあたって、正社員の労働条件の切り下げを許さない闘いと常に連動することが求められます。さらにいえば、労働者全体の底上げのために、絶対的規制である最低賃金の引き上げを求める運動も同時に進めることが重要となるでしょう。